リリがいなくなってからも、私は毎日話しかけている

シニア猫との暮らし

リリが虹の橋を渡ってからの日々。

私はもっと毎日泣いて、ご飯も食べられなくなって、何も手につかなくなるのだと思っていました。

でも実際は少し違いました。

もちろん寂しい。

会いたい。

抱っこしたい。

撫でたい。

そう思うことは今でもたくさんあります。

でも、不思議とリリがいなくなった感じはしませんでした。リリのことを撫でていた、あの手の感触はまだ残っている。


朝になると、

いつものように声をかけます。

「おはよう。」

そして、お水とご飯を用意します。


仕事へ行く時も同じです。

「リリちゃん、行ってくるね。」

「いい子にしててね。」

そう話しかけて家を出ます。


そして帰宅すると、

玄関のドアを開けながら、

「リリちゃん、ただいまー。」

と言います。

そのあと、お水とご飯を新しくします。


姿は見えません。

返事もありません。

でも私の中では自然なことでした。


可愛い写真立ても買いました。

たくさんある写真の中から、お気に入りの写真を選んで現像しました。

そして大好きだったケージに、リリの場所を作りました。


何かあった時は、

今でもお骨に向かって話しかけています。


「今日はこんなことがあったよ。」


「聞いてよー。」


「リリちゃんならどう思う?」


生前とあまり変わりません。

違うのは姿が見えないことくらいです。


お花もよく買うようになりました。

以前はフード代だったものが、今はお花代になっています。


新しいお花を買ってくる。

飾る。

写真を撮る。


気付けばそんなことが日課になっていました。


ある日、部屋でリリのヒゲを見つけました。


「わあ!」


思わず声が出ました。


大切に保管しました。


またある日。

服にリリの毛が付いていました。


「こんなところにまだリリちゃんがいたのね。」


思わず笑ってしまいました。


キャットタワーにも、まだリリの毛が残っています。


本当なら掃除した方がいいのでしょう。


でも、できません。


もったいなくて。


そこにリリがいた証だから。


今もそのまま残っています。


こういう気持ちは、私だけなのでしょうか。


きっと違うと思います。


大切な家族を見送った人なら、

きっと同じような経験をしているのではないでしょうか。


私は今でも毎日リリに話しかけています。


おはよう。


行ってきます。


ただいま。


おやすみ。


その言葉は、これからも変わらないと思います。


姿は見えなくなってしまったけれど、

私の中では今も一緒に暮らしています。


だから今日も話しかけます。


「リリちゃん。」


「大好きだよ。」

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